1948年にネジの町工場として創業。現在はインテリアのEC販売をはじめ、くらしを彩る多数の事業を展開しています。本社工場では、長年培った技術を活かし、鉄工や木工のオリジナル家具や小物を製造しています。
語り手
代表取締役社長 友安啓則

一本のネジから、人生を彩る会社へ
「生きるをあそぶ」を体現するものづくり
オフィスはアイデアの実験場

友安製作所の本社を訪ねると、エントランスに掲げられた「生きるをあそぶ」というスローガンの通り、自由自在で遊び心に満ちたものづくりの理念が伝わってくる。アイアンと真鍮を組み合わせた玄関扉周りの設計施工・デザインは自社の工務店と職人によるもの。中に入ると、廃材をアーティストとコラボして制作したという大きなゴリラが迎えてくれる。その向かいには防音に優れたコンパクトなミーティングルーム「Isora(イソラ)」が、奥へ続く通路に社員や来訪者が、未来の理想の姿を描いた額が飾られ、通るたびに誰かの「人生の彩り」に触れられる「COLORS WALL」がある。1階に物流センター、2階に工場、3階のオフィスには、全ての部署がワンフロアに集まる。企画から製造、販売、広報までを一つの建物で行える風通しの良さを持つ。会社全体が見て触れて感じ、試すことができるショールームであり、アイデアの実験場になっている。発想から実際に使われるところまで、まるでものづくりの生態系を見ているようだ。
そんな友安製作所の原点は1948年、一本のネジをつくる町工場から始まった。やがて金属製カーテンフックの製造をはじめ、現在も国内で高いシェアを担う。工場では創業者が海外で見た機械を参考に自作した製造機が、数十年を経たいまも現役で動く。隠していたものを見せたくなるものへ変える発想と、見えない部分も溶接跡がわからないほど丁寧に磨き上げる技術。その根底にあるのは、暮らしをより楽しく、心地よいものにしようと試行錯誤を重ねる姿勢だ。そうしたものづくりへの探究心は、2023年に誕生した掃除道具シリーズ「BRUSHUP」にも受け継がれ、昨年、世界的なデザイン賞「iF DESIGN AWARD」の最高賞を受賞した。
「僕の会社」から、みんなが主役の会社へ

3代目社長である友安啓則さんが家業へ戻ったのは25歳の時。父が倒れたのを機に9年半過ごしたアメリカから帰国すると、会社は大きな借金を抱えていた。「父から、新規事業を立ち上げ、半年以内に自分の給料分を稼ぎ出すように言われました」。そして、何とかしなければと始めたのがインテリア事業だった。きっかけは久しぶりの日本で感じた違和感だった。安全なはずの日本で毎日のように凄惨なニュースが流れ、友人や親戚の家を訪ねると白い壁紙に茶色い床でどれも同じ家に見える。暮らしを楽しんでいない人が増えたんじゃないか。もっと人生を楽しめばいいのに。そんな思いから掲げたのが「Add Colors to Everyone’s Home(世界中の人々のくらしに彩りを)」というミッションだった。
友安さんは帰国当初、給料返上で車に寝泊まりしながら営業し、梱包や発送も自分で担った。自分にできることは社員にもできるはずだと、きつい言葉をかけたこともある。離職率は一時40%近くになった。「このままでは会社が駄目になる。一人ひとりが主役になれる環境を用意できるように、自分が変わらなければと気づいたんです」。アメリカの風通しの良い職場環境に倣い、社員はビジネスネームで呼び合い、若手にも早くから重要な仕事を任せるようになった。皆で考えた10個のコアバリューには「Be PRODUCTIVE スピード感を持って生産性の向上を」「Be CREATIVE 他にはない唯一無二な商品・サービスを」など、一見相反する価値観が混在する。「一人の人間にも色々な面があるのと同じで、複合的にいろんな要素を併せ持ったバランス力が“友安らしさ”になってくる。型は作りきれていない会社ですけど、それがいいのかなと思っています」。
ある時、久しぶりに出荷を手伝い得意げに梱包した荷物を配送員に見せると、「汚い、いつももっと綺麗です」という思いがけない一言が返ってきた。物流担当の社員たちは梱包だけでなく販売データをもとに商品配置や作業動線まではるかに高度に改善していた。「僕が教えたものだけど、あのまま一人でやっていたらここまで成長していなかったと思います」。そんなエピソードを、友安さんは嬉しそうに語る。
「僕の会社」から、みんなが主役の会社へ。ビジョンも「Add Colors to Everyone’s Life」(世界中の人々の人生に彩りを)に変わった。
再び、ものづくりに深くコミットする

目指すのは関わる人の人生を彩り、地域になくてはならない会社。けれど慈善事業でもアーティスト集団でもない。友安製作所では“全社員デザイナー宣言”を掲げ、頭の中にあるものを形にして周囲に届けるための言語化とものづくりを深化させてきた。その熱量は会社の外へ、内側へと互いに影響を与え合い、立ち上げから関わるFactorISMへと繋がった。八尾市から始まったプロジェクトが他の自治体へ、都道府県へと年々輪を広げ、七年目となる今年は友安さんが実行委員長を務める。
「社長と言われる僕らが円の中心にいるけど、みんなも同じ場所にいて、誰かが起こしたアクションの熱が端まで伝わると、また違う形になって返ってくる。そんな波紋みたいな組織って素敵だなと、ずっと思ってます」。今年のテーマである「響く」は、そんな友安さんの呟きから生まれたものだ。
波紋は外へ広がるだけでなく、いつか中心へも返ってくる。ここ数年、友安製作所が取り組んでいるのは、再びものづくりを内製化することだ。「ネジ一本の見えない部分まで磨く、そういう真摯で繊細な日本のものづくりは、世界に誇れると思います。自分たちで作ったものをお客様に直接届けて、設置までできるのが最強だと思っています。シンプルに作れるものが増えると、皆がワクワクしてくるんですよね」。未来に向かうための原点回帰。絶えず循環し続けるその姿はやはり、ものづくりの生態系そのものに見える。