1990年、大阪市生野区で創業。金属を「切る・曲げる・形にする」板金加工を得意とし、建築・装飾金物などを製造。小さな部品から長尺物まで、お客様の「作りたい」に向き合い、培った技術と工夫で形にする、ものづくりの会社です。
語り手
代表取締役社長 李 洋希

銀色の景色に新たな色を
「曲げ」の技術で広がる板金の世界
機械と人の手が生み出す美しい角
株式会社現代工業は、金属板を看板や店舗什器、建築金物、機械部品などに仕立てる「板金加工」の会社。お客様からいただく図面やスケッチを元に最適な形状を提案できる強みを持ち、一品ものや小ロット、短納期といった難しい依頼にも応じてきた。取引先は地域の溶接会社や設計会社、メーカーなど130社を超える。工場には鉄やステンレス、アルミ、真鍮など、素材や厚みの異なる金属板が並ぶ。品質や納期、予算に応じて専用の切断機でカットし、自動で穴あけや折り曲げを行う機械で加工します。 数ある工程の中でも同社が最も力を注いでいるのが「曲げ」だ。 優秀板金製品技能フェアでは、2021年に厚生労働大臣賞、2024年には単体品の部でグランプリを受賞した。近年は、金属板に溝を掘ってから折り曲げる特殊な加工に対応する最新設備も導入。通常は丸みを帯びてしまう角を、鋭く美しい角に仕上げることができる。わずかな角の違いが空間の印象を左右するハイブランドの店舗什器などで生かされる、高度な技術だ。

2025年の大阪・関西万博では、大屋根リングの柱を見て「これは板金で再現できる」と直感した。「これ、みんなで作りませんか?」と社員に呼びかけ、設計と試作を重ね、曲げとはめ込みだけで組み立てる直径約2メートルの模型を完成させた。万博会場で展示されたリングは、その後も大阪市役所や中之島クロスへ場所を移し、新たな出会いを生み続けている。 ただし、こうした技術は機械さえあればできるわけではない。曲げる順番を考え、金属の癖を読み、角度や歪みを確かめる_。そうした積み重ねの先に、初めて美しい角が生まれる。「機械がいいだけではいいものは作れない。最後は人ですね」。この夏、家業を継いだ三代目・李さんはそう語る。
切り拓く父、対話で育てる母
現代工業は1990年、李さんの父が創業した。家族で営む小さな町工場として出発し、高い技術力と急な注文にも応じる融通のよさで信頼を積み重ねていった。両親は朝から晩まで働き続けた。学校から下校後に工場で両親を待つなど、李さんにとって工場は家業の現場であると同時に、日々を過ごす生活の場でもあった。周囲から「将来の社長なんやから、頑張らないかんぞ」と声をかけられたことも、今もよく覚えている。 大きな転機が訪れたのは2001年だった。父が病気で亡くなり、会社を畳むかどうかの岐路に立たされる。

父が生前に残していたのは、「レーザーカットやタレパン※(穴あけを行う高性能な機械)を入れたら、自分がおらんくなってもやっていける」という言葉だった。後を継いだ母はそれを信じ、周囲の反対を押し切って、当時はまだ希少で高額だった設備を他社に先駆けて導入する。この決断が、今の現代工業を形づくる礎になったという。 変わったのは設備だけではない。父が先頭に立ち組織を牽引していた時代に対し、母は社員一人ひとりの声に耳を傾けた。「みんなの意見を聞く母に変わったことで、人も増えました」。数人だった社員は今では約25人にまで育っている。皆の声を聞きながら意思決定し、皆で会社をつくる_。そんな母のやり方を、李さんも受け継いでいる。 社長就任の挨拶では社員にこう伝えた。「最終的に責任は僕が全部取る。でも、僕も知らないことがたくさんあるから、今まで通り教えてほしい」。 在日韓国人2世の父と日本人の母、2つの文化に触れて育った李さんは、父の思いを汲み、日本の外にも仕事を広げたいと韓国語と英語を学んだ。営業職を経験し、海外へ留学し、MBA(経営学の大学院を修了した際に授与される「経営学修士または経営管理修士」という学位)を取得する。そうして重ねてきた経験も、紹介でつながる仕事の枠にとどまらず、どんな時代にも会社を支えられる事業をつくりたいという思いから生まれたものだ。父と母が育てたものを礎に、新しい現代工業の時代が始まっている。
※タレットパンチングプレスのこと。金属板を目的の形状に切り抜いたり、穴を開けたりするのに使用される機械。
みんなでつくる、これからの現代工業

加工製品は完成品の一部にすぎず、用途も知らぬまま出荷することも多い。幼い頃から製品が並ぶ工場を「銀世界」と呼ぶ李さんは、自社を象徴する完成品を持ちたいと考え続けてきた。その想いで生野区の商品開発事業に参加。外部デザイナーと協働し自社の加工技術を活かしたブランド「EXTLINE」のダストボックスを生み出す。「シカル曲げ(金属板を曲げる前に内側へV字状の溝(Vカット)を削ることで、角を鋭くシャープに仕上げる板金加工技術)」によるピン角の美しさが持ち味で、黒色モデルは塗装にもこだわった。「銀世界が少しずつ色づいてきています」と李さんは語る。 さらに、社内では工場向かいの作業場「現代ハウス」を、生野区を盛り上げる地域の企業たちと打ち合わせをしたり、自社製品を手に取って楽しみ、工場見学のワークショップを行える場所にしたいという構想も進めている。 ものづくりを外へ開く流れの先にFactorISMへの参加がある。会社を知ってもらうだけでなく、工場を開き社員の仕事が来訪者に伝われば、その反応が次のものづくりへつながる。運営には若手社員3人も加わる。社外と接する中で他社が技術や仕事をどう見せ伝えているかを学び、自社の製品や技術を改めて見つめ直してほしいという。李さん自身もFactorISMを牽引してきた先輩経営者から学びたいと考えている。 李さんが目指すのは、社員の誰もが家族や友人に、自分の仕事を自信を持って話せる会社だ。「僕が全部引っ張るのではなく、みんなで会社をよくしていきたいんです」。FactorISMを通じた出会いが、銀世界にまた新しい色を加えていく。